遺伝子と性 性染色体が違うとなぜ違うのか?
以前の記事で、性染色体の差(ヒトの場合XXかXYか)が、生物学的な性差を生んでいると説明しました。では、そもそも性染色体が異なるとなぜ性差が生じるのでしょうか?
今回は「性別とは何か」を考える上での生物学的な基盤となる遺伝子の働きについて、基礎的な解説を行います。
遺伝子の働きを見る前に、そもそも遺伝子や染色体、DNAついてイマイチ分からないという方は、以前の記事をご覧ください。
<参考>
性別とは何か?生殖と遺伝子編
目次
遺伝子とタンパク質生成
転写:DNA ➡ mRNA
翻訳:mRNA ➡ タンパク質
性染色体が違うと何が変わるのか
まとめ:生物学的理解が性への理解を深める
遺伝子とタンパク質生成
生物の体はタンパク質によって構成・管理・維持されています。
生命活動を維持するために、体内では常にタンパク質が生成されていますが、タンパク質生成の中心的役割を担うのがDNAです。
DNAの遺伝情報が伝わる流れ(セントラルドグマ)([1]より引用)
DNAからタンパク質が生成されるまでには、DNA ➡ メッセンジャーRNA(mRNA) ➡ タンパク質 という大まかな流れがあり、この概念を「セントラルドグマ」と呼びます。
この内、DNA ➡ mRNA の過程を「転写」、mRNA ➡ タンパク質 の過程を「翻訳」と呼びます。
生物の体を自動車に例えると、タンパク質はネジなどの部品、mRNAは部品を作るための設計図の写し、DNAは設計図の原本に該当します。
DNAは鎖状の分子ですが、この鎖の内、タンパク質の設計図としての役割を担う領域が「遺伝子」と呼ばれます。
今回は、DNA(遺伝子)からタンパク質が生成される流れを見ていきます。
転写:DNA ➡ mRNA
DNAとRNAの構造([2]より引用)
転写を説明する前に、まずはRNAについて説明します。
DNAが二重らせん構造であることは有名ですが、極めて簡単に説明すると、DNAが1本になったものがRNAです。
RNAはその機能によっていくつかの種類に別れており、mRNAやこの後紹介するtRNAはその一種です。
転写の概要([3]より引用)
DNAからmRNAが生成(転写)される際には、まずRNAポリメラーゼと呼ばれる分子(酵素)が、DNAの特定の位置に接続します*。
*この接続機構や、なぜ特定の位置に接続できるかについての解説はここでは割愛します。
DNAは4種類のアミノ酸(アデニン(A), チミン(T), グアニン(G), シトシン(C))が鎖状に連結している構造です。RNAポリメラーゼは、DNA上を移動しながらDNAのアミノ酸(塩基配列)を読み取り、その4種類のアミノ酸に対応する別のアミノ酸を鎖状に連結させる働きがあります。この機構によって生み出されるアミノ酸鎖がmRNAです。
例えるなら、点字(DNA)を指(RNAポリメラーゼ)でなぞることで、文章(mRNA)が生み出されるイメージです。
翻訳:mRNA ➡ タンパク質
DNAは細胞内の「核」と呼ばれる場所(核膜の内側)に存在するため、転写も核内で行われます。
転写によって生成されたmRNA*は、その後、核の外側(細胞質)に運ばれそこで「翻訳」が行われます。
*転写されたmRNAは、翻訳の前に様々な修飾を受けますがここでは割愛します。
翻訳の概要([4]から改変)
mRNAからの翻訳は、リボソームとtRNA(トランスファーRNA)によって行われます。
リボソームは、RNAポリメラーゼとDNAの接続と同じように、mRNAに接続し、mRNA上を移動しながらその塩基配列を順番に読んでいきます。
このときリボソームは、mRNAのアミノ酸(塩基配列)を3個単位で読んでいき、この3個1組の塩基配列を「コドン」と呼びます。mRNAの塩基の種類は4種類(アデニン(A), ウラシル(U), グアニン(G), シトシン(C))なので、コドンの種類は64種類(4の3乗)です。
リボソームがコドンを識別すると、そのコドンに対応するtRNAがリボソーム内に付着します。ここで重要なのが、tRNAはコドンに対応する特定のアミノ酸を持っていることです。コドンがGAUならアミノ酸はアスパラギン酸、CGAならアルギニンといった具合で、64種類のコドンには、tRNAによって運搬される20種類のアミノ酸の対応が決まっています。
tRNAによってアミノ酸がリボソームに運搬されると、上の図のようにtRNAからアミノ酸が分離し、アミノ酸のみが順番に連結していきます。このアミノ酸はペプチド(ペプチド鎖)と呼ばれ、ペプチドがさらに長く連結し重合したものがタンパク質です。
以上が、DNA(その一部である遺伝子)からタンパク質が生成されるメカニズムです。このような分子レベルの機構によって、我々の生命活動は維持されているのです。
ここで、「なぜRNAが必要なのか?DNAから直接タンパク質を生成しないのか?」と思うかもしれませんが、元々生命の起源はDNAではなくRNAでした。自己複製機能(自身のコピーを作る機能)を有したRNAが進化の過程で、「自身をより安定した状態で保存する方法」としてたどり着いた形がDNAだったと考えられています。
性染色体が違うと何が変わるのか
染色体はDNAで構成されています。
ですので、ここまでの説明を読まれた読者であれば、雌雄の生物学的性差が、性染色体の差(ヒトの場合XXかXYか)による、発現するタンパク質の差に由来することを理解できたと思います。
では、性染色体のXとYのどちらが性別を決定しているのでしょうか?
この疑問には、染色体異常症候群である、クラインフェルター症候群とターナー症候群にヒントがあります。
クラインフェルター症候群患者の染色体 X染色体が2つ存在する([5]より引用)
クラインフェルター症候群では、性染色体がXXYとXが一本多い状態で、患者の身体的特徴は男性です。一方ターナー症候群では、性染色体がX1本のみで、患者の身体的特徴は女性です。
つまり、性別はY染色体の有無によって決定すると考えられます[6]。
さらに詳しい調査によって、Y染色体上のSRYという領域が性別決定に重要であることが分かっています。実際に、SRY領域をX染色体に導入した遺伝子改変マウスを作成したところ、性染色体はXXであるにも関わらず、身体的特徴はオスだったことが確認されました[6]。
まとめ:生物学的理解が性への理解を深める
今回は生物学的性差を理解するための基盤として、DNAからタンパク質が生成される仕組みを紹介しました。
今日の性にまつわる課題は、社会的な側面が強くなっていますが、ヒトが生物である以上、その根幹には生物学的な側面があるはずです。生物学的な理解の高まりが、性の課題をさまざまな視点から見るきっかけになればと思います。
遺伝子についてより詳しく知りたい方のために、以下にオススメの参考書籍を紹介します。2冊とも初心者でも理解しやすい内容なので、興味があればぜひ読んでみてください。
参考書籍:利己的な遺伝子
参考書籍:遺伝子 親密なる人類史(上巻・下巻)
【参考/出典元】
[1]九州大学附属図書館, RNAとして働く遺伝子
[2]株式会社医学生物研究所, RNA
[3]株式会社医学生物研究所, 遺伝子発現の流れ
[4]リボソーム, Wikipedia
[5]湯村寧, クラインフェルター症候群, 一般社団法人日本家族計画協会HP内
[6]東邦大学, 性決定のしくみ(sex determination)
<この記事の監修>
福元メンズヘルスクリニック 院長
福元 和彦(医師)
■泌尿器科医 ■性機能学会専門医 ■抗加齢医学会専門医 ■排尿機能学会認定医
福元メンズヘルスクリニック
<著者プロフィール>
TENGAヘルスケア 研究開発主任
牛場 栄之(うしば ひでゆき)
平成3年生まれ。大学および大学院では神経科学を専攻、2016年に株式会社TENGAへ入社、以来TENGAヘルスケア製品の研究開発を担当、その後現職。
製品開発のかたわら、皆さんに役立つ性や妊活の情報をお届けします!