女性の尿失禁の基礎知識 骨盤底筋との深い関係
身体構造上、女性にとって「尿失禁」は身近な問題で、多くの方が悩んでいます。今回は、そんな女性の尿失禁に関して、有症率や原因、対策などの基礎知識を解説します。
尿失禁の改善や予防をしたい方は、ぜひこの記事で適切な知識を身に着けてください。
目次
尿失禁とは
女性の尿失禁の種類3つ
1:腹圧性尿失禁
2:切迫性尿失禁
3:混合性尿失禁
骨盤底筋と女性の尿禁制の仕組み
骨盤底筋と女性の尿禁制①尿道の閉鎖
骨盤底筋と女性の尿禁制②会陰排尿筋抑制反射
女性の尿失禁の経験率・有症率
女性に尿失禁が多い理由3つ
1:尿道の長さ
2:骨盤底の構造的不安定さ
3:妊娠・出産による骨盤底筋の損傷
女性の尿失禁の対策方法
まとめ:女性の尿失禁対策は、正しい理解とケアから
女性の尿失禁とは
日本泌尿器科学会によると、尿失禁とは「自分の意思とは関係なく尿が漏れてしまうこと」と定義されています[1]。
女性は、男性よりも尿道が短く、出産の経験や加齢によって骨盤底筋が衰えてしまうことで尿失禁しやすいです。
尿失禁は気恥ずかしい問題であることから、なかなか周囲や医療機関に相談できず、適切な改善行動に辿り着きづらいという特徴があります。
また、単に不快感や恥ずかしさ、臭いの問題があるだけでなく、常に尿失禁の不安を抱える生活となり、外出を控えたり、遊びもアクティブに楽しめなくなるなど、生活の質(QOL)の低下に繋がります。
尿失禁は、女性が心身共に健やかな生活を送る上で、非常に大きな影響のある課題だと言えます。
女性の尿失禁の種類3つ
次に女性の尿失禁の種類を見ていきましょう。
女性の尿失禁は主に3種類に分類されます。種類毎に原因や改善方法が異なるので、自分がどのタイプの尿失禁かを把握することは非常に重要です。
1:腹圧性尿失禁
まず、最も多いタイプは「腹圧性尿失禁」です。女性の全尿失禁の内、約50%は腹圧性尿失禁に分類されます。
腹圧性尿失禁は文字通り、腹圧(お腹の中の圧力)が原因で生じる尿失禁です。
そもそも、ヒトの腹腔内(お腹の中)には内臓が集まっており、それ故圧力が生じています。
腹圧は常に一定ではなく、動きや姿勢によって変化します。
この腹圧は当然膀胱にもかかりますが、後述する骨盤底筋が膀胱の出口(尿道)を閉鎖しているため、腹圧が高まっても尿が漏れることはありません。
しかし、骨盤底筋の筋力が不足・低下していると、腹圧が高まった瞬間、尿道の閉鎖圧が腹圧に負けて、尿が漏れてしまいます。
これが腹圧性尿失禁です。
腹圧性尿失禁が生じる、つまり腹圧が高まるのは、以下のようなタイミングです。
・咳やくしゃみをしたとき
・大笑いや大声を出したとき
・重い荷物を持ったとき
・運動したとき(特に縄跳びなどの上下運動)
・立ち上がる瞬間
2:切迫性尿失禁
次に紹介する尿失禁のタイプは「切迫性尿失禁」です。このタイプは腹圧性尿失禁に次ぐ多さで、約30%がこれに該当します。
切迫性尿失禁は、簡単に言うと、膀胱の異常収縮による失禁です。膀胱が急に収縮すると、それが原因で急に強い尿意を感じ(尿意切迫感)、トイレに間に合わず漏らしてしまいます。
この膀胱の異常収縮(もしくは異常知覚)は「過活動膀胱」と呼ばれる状態です。尿失禁まで至らずとも、過活動膀胱は頻尿の大きな原因でもあります。過活動膀胱の主な原因は、加齢等によるホルモンバランスや自律神経系の乱れで、女性だけでなく男性でも少なくありません。
過活動膀胱を原因とする切迫性尿失禁は、以下のようなタイミングで生じます。
・水流の音を聞いたとき
・冷水で手を洗ったとき
・トイレに行く途中、間に合わずに
3:混合性尿失禁
ここまで2つの失禁のタイプを紹介しましたが、これら両方の症状がある場合を「混合性尿失禁」と呼びます。混合性尿失禁は全尿失禁の約20%を占めます。
前述した腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁のそれぞれの割合と合計すると、女性の尿失禁の原因分布は以下のようになります。
・骨盤底筋の筋力不足・低下で生じている失禁:約70%
・膀胱の異常収縮(過活動膀胱)で生じている失禁:約50%
前者は外科的な原因(筋肉)、後者は内科的な原因(ホルモン・神経)に分類できそうですが、その実両者の改善に大きく関わって来るのが、この次に紹介する骨盤底筋です。
骨盤底筋と女性の尿禁制の仕組み
骨盤底筋は、骨盤の底部に存在するハンモック状の筋肉群の総称です。骨盤底筋には様々な役割がありますが、特に女性の尿失禁には多大な影響を及ぼしています。今回は、骨盤底筋が女性の尿失禁にどのように関わっているかを見ていきましょう。
骨盤底筋と女性の尿禁制①尿道の閉鎖
骨盤底部の解剖図/模式図([10]より引用)
上記は、女性の骨盤底部の組織と尿道の位置関係を表した、解剖図と模式図です。仰向けに寝た女性の骨盤底部を下側から見た図になります。
骨盤底筋を構成する筋肉の1つである「肛門挙筋」、その間に付着した筋膜と膣があり、筋膜の上に尿道が付着している様子がわかります。膣と筋膜が尿道を後ろから支えている(バックサポート)イメージです。
骨盤底筋の筋力が十分な場合の尿道閉鎖のイメージ([10]より引用)
骨盤底筋の筋力が十分ある場合、骨盤底筋(肛門挙筋)の収縮によって、膣と筋膜が引っ張られ、それによって尿道が押しつぶされ閉鎖します。この動きが正常に働いている場合、腹圧が高まっても、それを上回る力で尿道が閉鎖できるので、腹圧性尿失禁は起こりません。
骨盤底筋の筋力が不十分な場合の尿道閉鎖のイメージ([10]より引用)
一方、骨盤底筋の筋力が低下や、筋肉の収縮に連動する筋膜の損傷が生じていると、膣と筋膜を張って尿道を押しつぶすことができず、腹圧に負けて尿が漏れます。
これが骨盤底部の状態不良によって生じる、腹圧性尿失禁の仕組みです。
骨盤底筋と女性の尿禁制②会陰排尿筋抑制反射
切迫性尿失禁の場合も、骨盤底筋の働きで尿失禁が抑制されます。
骨盤底筋が収縮すると、反射的に膀胱の筋肉が弛緩する仕組みがあります。これは「会陰排尿筋抑制反射」と呼ばれる仕組みで、この反射によって尿意切迫感が緩和され、尿意をコントロールすることができます[11]。
渋滞などでトイレに行けず尿意を我慢する際に、股間周りに力を入れて我慢した経験は誰しもあると思いますが、これは会陰排尿筋抑制反射を利用して我慢をしているというわけです。
女性の尿失禁の経験率・有症率
では、尿失禁のお悩みを抱える女性はどの程度いるのでしょうか?
女性の尿失禁の経験率・有症率は、様々な疫学研究やアンケート調査による報告があります[2-9]。報告毎に数値にバラツキはありますが、総じて経験率は約3-4割、有症率(現在症状がある)は約1割であると考えられます。
ただ、気恥ずかしさから「本当は症状あるのに報告していない人もいるのでは?」と考える専門家の意見もあり、実際の経験率・有症率はもっと高い可能性もあります。
一方、上記はTENGAヘルスケアが、日本人の女性(20-60代、21,104人)を対象に実施した、思春期以降での尿失禁の経験率・有症率の調査結果です。
全年代で見ると、女性の尿失禁の経験率は約35%(人口換算で約1,340万人)、月1回以上症状がある割合は約11%(約430万人)でした。年代が上がるにつれて、経験率も有症率も上昇しますが、20-40代でも、経験者・有症者は少なくありませんでした。
また、全年代で見て、週1回以上症状がある人の割合は6.2%(約240万人)、年1回程度の症状がある人の割合は20.9%(約810万人)でした。
先に述べた過去の疫学調査やアンケート調査と比較しても、大きな差は見られませんでした。
日本人女性の尿失禁については、経験率は3-4割、有症率は頻度次第ではありますが約1割と言えるでしょう。
女性に尿失禁が多い理由3つ
ここまでで、女性の尿失禁と骨盤底筋の関係が理解できたと思います。
では次に、男性と比較して女性で尿失禁が多い理由を解説します。
女性は身体構造上、男性よりも尿失禁を起こしやすくなっていますが、ここでも、骨盤底筋が重要な要素となります。
1:尿道の長さ
排尿周りの身体構造における、男女の大きさは「尿道の長さ」です。
男性と比較して、女性の尿道の長さは約1/4です。尿道が短いと、膀胱の圧力に尿道の閉鎖圧が負けやすく、結果抑えがききにくくなります。
2:骨盤底の構造的不安定さ
次の大きな差は、骨盤底の構造です。
男性と比較して、女性では骨盤底を貫く穴の数が多いこと、また単純に筋力が弱いことから、骨盤底が不安定になりがちです。
骨盤底が不安定だと、前述した骨盤底筋による尿道閉鎖機能が不十分になります。
また骨盤内での膀胱・尿道の支持も不安定になり、これも尿道の閉鎖不良に繋がり、失禁の原因となります。
3:妊娠・出産による骨盤底筋の損傷
3つ目の大きな差は、妊娠と出産の存在です。
妊娠中は、胎児や胎盤、羊水などで5 kgを超える重量が骨盤底部にかかり、負荷となります。
また、経膣出産の場合、胎児の通過によって骨盤底部が引き延ばされます。この際、骨盤底筋や周辺組織には、必ず何かしらの損傷が生じます。
損傷の程度は、胎児が重い程大きく(3,500 g以上でリスクが高くなる[12])、また出産を重ねることで損傷も累積していきます。
この損傷は、産後数十年経過してから、古傷として尿失禁の原因となる場合もあります。産後そこまで漏れていなかった人でも、一度でも出産を経験した人は油断大敵です。
女性の尿失禁の対策方法
ここまでの解説を踏まえ、最後に女性の尿失禁の対策方法を説明します。
女性の尿失禁には、その原因に応じて様々な対策方法がありますが、基本にして最強のソリューションは骨盤底筋の訓練(筋トレ)です。
骨盤底筋の訓練方法にもいくつかの方法がありますが、基本は骨盤底筋の随意的な収縮を繰り返し行う「骨盤底筋トレーニング」です。
「骨盤底筋トレーニング」は、「骨盤底筋体操」や「ケーゲル体操」、「腟トレ」と呼ばれることもあります。
骨盤底筋トレーニングによって骨盤底筋の筋力が向上すると、前述の通りで、腹圧性尿失禁でも切迫性尿失禁でも改善・予防が期待できます。その効果はガイドラインでも認められています[13]。
骨盤底筋トレーニングは道具も不要で手軽に始められるため、緊急度が高くない場合は、まずは骨盤底筋トレーニングに3ヵ月間取り組み、それでも改善が見られない場合は、泌尿器科やレディースクリニックの診察を受けましょう。
(勿論、可能であれば先に診察を受けることをオススメします)
〈参考〉骨盤底筋トレーニングの方法
また、そもそも骨盤底筋の筋力がどのくらいなのかが気になるという方は、まずはケーゲルチェッカーで測定してみましょう。
下記の動画では、ケーゲルチェッカーの具体的な使い方を解説しています。
骨盤底筋の筋力、柔軟性/動かす上手さをどのように計測するかについてもわかりやすく解説しているので、まずはぜひ動画をご覧ください。
骨盤底筋トレーニング以外にも、体重減少(ダイエット)、薬物療法、電気/磁気刺激療法、手術による治療効果が報告されています[13]。
これらの治療を検討する場合は、必ず医療機関の診察を受けましょう。
まとめ:女性の尿失禁対策は、正しい理解とケアから
今回は、女性の尿失禁の基礎知識を紹介しました。女性にとって、尿失禁は非常に身近な存在で、誰しもが直面する可能性があります。尿失禁の基本的な仕組みを抑え、適切に対処できるようにしましょう。
【参考文献】
[1]日本泌尿器科学会HP
[2]本間他, 排尿に関する疫学的研究, 日本泌尿器科学会誌, 2003
[3]森他, 若年女性及び高齢女性の骨盤底筋機能と腹圧性尿失禁の関連, 第46回日本理学療法学術大会抄録集, 2011
[4]中尾他, 就労女性の尿失禁の実態と腹圧性尿失禁の危険因子に関する分析, 山口医学, 2003
[5]ロリエ, 20-40代女性へのアンケート調査, 2017
[6]花王,軽失禁に関する意識・実態調査, 2017
[7]日本女性20代から60代40,000人に聞く, UI(尿もれ)実態大規模調査, P&G, 2019
[8]加藤他, 就労女性における尿失禁の実態調査, 日本泌尿器科学会誌, 1986
[9]道川他, 中高年者における尿失禁に関する調査, 日本公衆衛生雑誌, 2008
[10]メディカルトピア草加病院HP、腹圧性尿失禁について
[11]産経新聞, 渋滞中の恐怖……トイレを我慢しすぎるとどうなる?専門医が解説!
[12]関口由紀, ちょびもれ女子のための「あ!」すっきり手帖, 主婦の友インフォス, 2017
[13]日本排尿機能学会/日本泌尿器学会, 女性下部尿路症状診療ガイドライン[第2版], 2019
<著者プロフィール>
TENGAヘルスケア 研究開発主任
牛場 栄之(うしば ひでゆき)
平成3年生まれ。大学および大学院では神経科学を専攻、2016年に株式会社TENGAへ入社、以来TENGAヘルスケア製品の研究開発を担当、その後現職。
製品開発のかたわら、皆さんに役立つ性や妊活の情報をお届けします!