COLUMNコラム

TENGAヘルスケアの助産師が自分の性と向き合ったときの話②

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自分の性と向き合うことは怖いことではなかった

 

TENGAヘルスケアに入社する前は、私も紆余曲折ありました。

 

紆余すぎる曲折です。

 

助産師を目指した10年前。。。

 

私は、社会から取り残された気持ちになっていたのを今でも覚えています。

 

 

その当時、周りは新卒キラキラ生活でリーマンショックギリギリだったわたしたちの年代は、割とみんなスムーズに希望企業へと就職できていました。

私は心理学部だったため、周りは心理職も多かったと思います。

 

心理士を目指すために大学院に進んだ友人たちが続々とキャリアを叶えていったのでした。

とても眩しく感じていました。

 

 

私はというと、助産師になると志したものの、また一からの大学受験と、莫大な学費。

ストレートにいっても5年はかかる道のりに、確実に人とは違うキャリアになるし、結婚とか妊娠とか全く予定もないのに、そんなことを考えてばかりいました。

 

幸い、看護学校を目指す塾には社会人を経てから、看護師を目指す方やフリーター、お子さんがいらっしゃるママさんなど様々な人がいました。

 

私は、社会人編入がある学校を狙っていましたが、どれも狭き門でした。

私が通った塾は新宿二丁目の先にあり、毎朝、鳩がゴミをつつき、その夜の楽しみを引きずった人たちで哀愁が漂っていました。

私はこれから先の長い道のりに胸が詰まる思いでした。

 

編入試験は落ち続けたものの、毎回面接で結婚や看護師になった後のキャリアなどを聞かれて、その質問がこの学校で学ぶこととどう関係するのかよくわからず落ち続けました。

 

やっと受かった大学にとりあえず収まったのが25歳のこと。

10年前の私に言ってあげたい。

 

いま私は「こんな仕事をしているよ。」と。

 

相変わらずパートナーと呼べる人は居ませんでしたが、それなりにプライベートは遊んでいたので、付き合いが悪かろうが、自分の楽しみを優先できていたと思います。

 

ここから7つも歳が離れた人たちと4年間看護の学びを共にする生活がスタートします。

みんなはじめはどこか、ぎこちなく、取扱い注意と私の顔にでも貼ってあるかのような態度な人もいました。

そんなことは想定範囲内でしたが、私のキャラがみんなの想定範囲外であったため、割と

馴染むのに時間はかからなかったと思います。

 

 

看護学生や助産学生を経て思ったことは、非常に”性と生の責任感”について学べたことであったと思います。

身体のしくみは勿論のこと、生と死についてよく向き合う機会もあったし、友人らが性感染症になったとか、中絶を考えているとか、彼氏とうまくいってないだとかよくそういう話を耳にしました。

授業や実習では、陰部洗浄から沐浴、清拭、老人、赤ちゃんのおむつ替えまで、何しろおしもと向き合う日々でした。

 

(これは一般的な大学生とは大きな差があるかもしれない。)

そういうカリキュラムが組まれていたので、非常に有意義でした。

毎日が新鮮で、重くて、何かに追われていて、感動的でした。

 

私の性行為への恐怖心はこの時も治ることはありませんでした。

しかし、性教育を行う学生団体に所属し、セクシャルウェルネスを医療の観点から学ぶ機会があったことは大きかったと思います。

 

そこで出会った先生方とは今でもお仕事などでも繋がっています。

約10年経っても性について正しい知識を学ぼうとする人達の想いは強いと感じました。

 

助産学校はとても忙しくて、辛くて良い思い出がほぼないですが(全国共通)、助産師になって、”性交痛”やホルモンバランスの変化で、情緒不安定になる妊婦さんや褥婦さん(産後のママ)を目の当りにして、女性の身体はなんて複雑で、気持ちが追いつきづらいのかと思いました。

 

 

生理痛が酷いと思えば、子宮内膜症で痛みに悶え救急車で運ばれる20代働き盛りの女性、はたまた70代で子宮がんから卵巣に転移し、全て摘出した女性。

シェアハウスで梅毒に移ったとポツリと教えてくれた女性。

 

全員が性の問題を抱えていました。それぞれのドラマがありました。

その時にやはり、正しい知識を知っていれば悩むことも減るし、相談もできるし、未然に防げると強く感じました。

 

”女性だから”ではなく、”誰しも”が知っておくべきことなのです。

それは生きている限り、悩みは尽きないけれど、自分を守るための大事な術だと思います。

 

性被害者と誰かに言われればそうかもしれませんが、わたし自身が自分の性に起きたことに向き合って感じてきたことが全てだと思っています。

自分自身を知ろうとすること、それが一番大事なことだと思っています。

 

 

わたしが心を許したパートナーに性被害の話をした際に、でも「直子はグレても、死んでもないし、いまちゃんと生きてるから大丈夫」と言われて、確かになと思いました。

 

それが一番大事なことであると私自身のこれまでの人生かけてやっとわかったことです。

 

私が自分の性と向き合うには、全てのできごとを受け入れることが大事だと思いました。

肯定も否定もせず受け入れるということです。

 

これがわたしが性と向き合った話です。これからもずっと続いていくでしょう。

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