精液採取の注意点 より良い精液(精子)を採取するために
精液検査や不妊治療の経験があるカップルだと、男性が「精液(精子)を採取する」という経験が何度かあるのではないでしょうか。もし「精液なんてテキトーに取ればいいんだろう」と考えていたら、それは大間違い。精液採取でのミスは、精液の質の低下、さらには妊娠の成否に影響します。今回はあまり知られていない「精液採取の注意点」について解説します。
目次
精液採取を注意するべき理由
精液採取(=採精)の目的は、主に「精液検査」と「治療」の二つです。
この二つの場面で、精液採取でミスをしてしまい、「本来よりも悪い状態の精液」が採取された時の問題点を考えてみましょう。
妊活では最初に「精液検査」が行われ、その結果も加味して治療方法が検討されます。ですので、「精液検査」の採精でミスした場合、適切な治療方法の検討が難しくなります。
例えば、本来ならタイミング法が行われるべきカップルで、人工授精や体外受精など、必要以上の治療が実施されるケースが発生します。必要以上の治療は、必要以上の費用が発生したり、通院や女性の採卵が必要だったりと、カップルの負担を増加させます。
一方、「治療」のための採精でミスした場合、予定していた方法よりも高度な治療が必要になったり、精液の質が低くなるので、妊娠率の低下に繋がります。
以上の2点が、精液採取を適切に行うべき理由です。精液の質は妊活の成否に直結するため、可能な限りベストな採精を心がけるに越したことはないでしょう。
ただ、適切な方法で採精しても、精液の質はある程度ばらつきます。その影響を抑えるために、精液検査は複数回行われたり、精液の状態を見て当日に治療方法の変更が可能だったりと、ある程度のゆとりはあります。
精液採取のシーン
採精の方法には、「自宅採精」と「院内採精」の2種類が存在します。
「自宅採精」では、自宅で男性が採取した精液を、カップルのどちらかが医療機関まで運搬し、提出します。一方「院内採精」では、男性が医療機関内の採精室などで採精し、そのまま提出します。
射精後の時間経過で精液は劣化していくため、通常は早く治療に使用できる「院内採精」が推奨されますが、男性の通院が必要になるので手間は増えます。
TENGAヘルスケアが2019年に行った、不妊治療を実施している医療機関77施設へのアンケート調査によると、自宅採精と院内採精の比率は、ほぼ半々でした。新型コロナウイルスの蔓延以降、「院内採精」を中止している医療機関が増えていると考えられます。
精液採取の注意点 - 採精前 –
では、なるべく質の高い精液を採取するための注意点を紹介します。まずは、採精前の注意点です。
ちなみに、採精の直前ではなく、普段の生活習慣を改善させることで、精液所見も改善する可能性があるため、生活習慣の見直しも大切です。方法は以下にまとめているので、参考にしてください。
<参考>
精子を増やす!妊活のための精子の増やし方を解説
「精子を増やす7ヵ条」妊活中の男性は実践を
採精前には手洗い・シャワー
採精後の精液内で雑菌が繁殖すると、精子の死滅や運動率の低下に繋がります。ですので、採精の前には手洗い、可能であればシャワーを浴びて、手指と陰茎周辺を清潔にしましょう。
院内採精の場合も、自宅を出る前にシャワーを浴び、採精前には手洗い、さらにウェットティッシュ(TENGAではVIO専用の拭き取りシートも発売しています)等で陰茎周辺を綺麗にすると良いでしょう。
院内採精ではイヤホンとスマホを用意
集中できる自宅採精と異なり、院内採精では廊下の雑音が気になったり、用意されているオカズが微妙だったりと、採精に集中できない場合が多々あります。また、いざ採精室に入ると、他人が使ったヘッドホンやオカズ(エロ本やDVD)の使用に抵抗を覚える場合もあります。
男性は集中しないと射精できないもの。
実際、採精室に入った男性が1時間以上こもってしまい、それでも採精できず、その日の治療はキャンセルになった、というケースも珍しくありません。(この場合、採精室の順番待ちをしている他のカップルにも影響します)
「射精なんて簡単だろう」と高をくくらず、スマホやイヤホンなど、集中するための準備をして臨みましょう。
精液採取の注意点 - 採精中 –
では次に採精中の注意点です。
気持ちよく射精する
射精時の快感が強いと、精液の質が向上します。
1993年に鳥取大学で行われた研究では、被験者38名で、マスターベーションと膣内射精(採精用のコンドームを使用)で採取された精液の比較が行われました。結果、膣内射精の方が、精液量、総精子数、運動率、正常形態率が有意に高いことが確認されました[1]。
また、1998年にアメリカで行われた研究では、被験者25名で、膣内射精と膣外射精(共に採精用のコンドームを使用)で採取された精液の比較が行われました。結果、膣内射精の方が、精液量、総精子数、運動率が有意に高いことが確認されました[2]。
これらの結果は、より快感が強く、興奮が高まった状態で射精した方が、中途半端な射精よりも精液所見が良好になることを示唆しています。
解剖学の観点でも、快感の強さが精液の質を上げることは正しそうです。
通常、精子は精巣に隣接している精巣上体の尾部に貯蔵されています。性的刺激により興奮が高まってくると、射精に向けた準備として精子が精巣上体から精管を通り、前立腺の近くにある精管膨大部へと送られます。精管膨大部が充満すると、射精を我慢できない感覚が起こり射精します。したがって、射精が近づいたと感じた時から射精するまでの時間が長くなると、精液中の精子も多くなる可能性があります。
[3]より引用
射精をしたくなったらすぐ出すのではなく、射精を少し我慢してから出す、何回か射精しそうになるのを我慢してから出すということです。セックスやマスターベーションを始めて、できるだけ我慢してから射精した方が、射精の勢いも強く精液量も多いと感じている方は多いと思います。
不妊治療や精液検査での採精では、ぜひマスターベーションに集中して、「完成度の高い射精」を目指してください。
セックスやフェラチオでの採精は控える
先程、「快感が強い程、精液所見が向上する」と説明しましたが、セックスで採精するのは控えましょう。
2004年にイランで行われた研究では、被験者30名で、マスターベーションと膣外射精で採取された精液の比較が行われました。膣外射精では、採精用のコンドームは使用されず、射精の直前に陰茎を膣から引き抜き、容器へ採精されました。比較の結果、膣外射精の方がマスターベーションよりも、精子濃度、運動率、正常形態率が有意に低いことが確認されました[4]。
精液の内、最初に射精される部分が最も精子濃度が高いと考えられていますが、膣外射精ではこの部分の取り逃しや、膣内細菌の精液への混入が生じます。
これらが、膣外射精でマスターベーションよりも精液所見が低かった原因だと推測されました。
同様の理由で、フェラチオでの採精や、唾液を潤滑剤(ローション)代わりに使用することも控えるべきでしょう。
精液はこぼさず全量採取する
治療用でも検査用でも、精液はこぼさず、なるべくたくさん採取することを心がけましょう。
特に、最初に射精される精液が最も精子濃度が高いので、この部分をこぼさないように注意が必要です。また、射精後に尿道に残った精液も、陰茎の付け根から尿道口にかけて、手で絞り出すようにして採取しましょう。
精液の取りこぼしは、採精時の失敗として、もっともよく挙げられます。採精では一般的に、直径6~7
cm程度のプラスチック製の容器が使用されますが、射精の勢いが強い男性だと、容器の口から外してしまうケースも多いでしょう。
以下のサイトから、一般的なサイズの採精容器を購入することできます。採精に不安がある方は、事前に何度か練習すると良いでしょう。
<参考>
採精容器の購入
コンドームと潤滑剤(ローション)の使用は控える
一般的なコンドームの内側には、殺精子剤や製造過程での物質が付着しています。これらの影響で、コンドームに触れた精液は殆どが死滅してしまいます。
また、潤滑剤(ローション)を使用すると、潤滑剤の粘性で精子の運動率は低下します。
採精ではコンドームや潤滑剤の使用は控えるべきですが、どうしてもこれらを使用しないと採精できない場合、医師に相談し指示を仰ぎましょう。
精液採取の注意点 - 採精後 –
採精までしっかりできても、その後の管理が悪いと精液所見は悪化します。採精後の注意点を紹介します。
容器のフタはすぐに閉める
精液量は、多い人でも7~8 ml程度と少量です。採精後そのまま放置していると、すぐに乾燥して、精子は死滅してしまいます。また、空気中の細菌が精液に混入する可能性もあります。
乾燥と細菌の混入を防ぐため、採精後はすぐに容器のフタを閉めましょう。
自宅採精でフタの閉まりが中途半端だと、運搬中にカバンの中でこぼれてしまうケースもあるため、フタがしっかり閉まっていることも確認しましょう。
運搬温度に注意する
精子の適温は室温ですが、それよりも暑い、もしくは寒い環境では、精液の質は急速に低下します。
<参考>
精子(精液)は温度に弱い? 精子にとって快適な環境や温度は何度?
特に、低温は精子の運動性を大きく低下させるため、冬に精液を運搬する際は、保温が重要になります。
実際、冬季(12~2月)の精液の運搬方法を検討した研究[5]では、保温無しで自宅から運搬した場合、精液所見の悪化によって、予定(体外受精)よりも高度な治療(顕微授精)へ変更となった割合は47.5%でしたが、保温容器(魔法瓶)で運搬した場合、その割合は27.5%まで抑えられました。
同時期の、院内採精での体外受精から顕微授精への変更率は、それぞれ23.5%、27.4%だったので、保温容器の使用によって、院内採精と同程度のレベルに精液を維持できることが伺えます。
精液運搬用の保温器は、以下から購入できます。繰り返し使用可能なので、何度も自宅採精される方は特に、使用を検討してみましょう。
<参考>
不妊治療や精液検査のサポートに 精子を適切な温度で守る保温器「SEED
POD」
まとめ:適切な精液採取で少しでも妊娠率を上げよう
今回紹介した精液採取の注意点を以下にまとめます。少しでも質の良い精液を採取し、妊娠率の向上に努めましょう。
(〇:注意するべきポイント)
注意点 |
自宅採精 |
院内採精 |
|
採精前 |
手洗い・シャワー |
〇 |
〇 |
イヤホン・スマホの用意 |
〇 |
||
採精中 |
気持ちよく射精 |
〇 |
〇 |
セックスやフェラチオはNG |
〇 |
||
こぼさず全量採取 |
〇 |
〇 |
|
コンドームと潤滑剤はNG |
〇 |
〇 |
|
採精後 |
容器のフタはすぐに閉める |
〇 |
〇 |
運搬温度に注意 |
〇 |
おまけ:床オナは精液採取ができない?
最後に、精液採取が行えないケースを紹介します。それは「床オナ」でしか射精できない男性です。「床オナ」とは、不適切なマスターベーションの一種で、床やベッドに陰茎を強力にこすりつける刺激で射精します。
他の不適切なマスターベーションの場合、膣内射精障害になっても、手で採精できれば不妊治療やシリンジ法が行えます。しかし、「床オナ」の場合は採精が困難なため、妊活や不妊治療はおろか、精液検査も行えません。
その場合、本当は妊活を急がないといけない場合も、まずは「床オナ」以外で射精するトレーニングが必要となります。将来子供が欲しい男性は、「床オナ」だけは行わないようにしましょう。
<参考>
膣内射精障害のリスク増 危ない!不適切なマスターベーション
【参考/出典元】
[1]SOFIKITIS, NIKOLAOS V., and IKUO MIYAGAWA. “Endocrinological,
biophysical, and biochemical parameters of semen collected via
masturbation versus sexual intercourse.” Journal of andrology 14.5 (1993):
366-373.
[2]Zavos, Panayiotis M., et al. “Differences in seminal parameters in
specimens collected via intercourse and incomplete intercourse (coitus
interruptus).” Fertility and sterility 61.6 (1994): 1174-1176.
[3]性知識イミダス:射精のメカニズムを知ろう~射精は「自然にできる」こと?
[4]Dehghani, Valli A., et al. “Comparison between semen parameters of
ejaculates collected via masturbation versus coitus interruptus.”
International Journal of Reproductive BioMedicine 2.1 (2004): 9-0.
[5]佐藤学 他,
冬季の体外受精における自宅からの精液持参に伴う精子状態悪化リスクをどこまで改善できるか,
日本アンドロロジー学会第39回学術大会, 2021
聖隷浜松病院リプロダクションセンター センター長
今井 伸(医師)
■泌尿器科医 ■性機能専門医 ■生殖医学会生殖医療専門医
■性科学会認定セックス・セラピスト専門医
聖隷浜松病院リプロダクションセンター
<著者プロフィール>
TENGAヘルスケア 研究開発主任
牛場 栄之(うしば ひでゆき)
平成3年生まれ。大学および大学院では神経科学を専攻、2016年に株式会社TENGAへ入社、以来TENGAヘルスケア製品の研究開発を担当、その後現職。
製品開発のかたわら、皆さんに役立つ性や妊活の情報をお届けします!